トレンティーノ=アルト・アディジェ特別自治州州都 

  町を流れるアディジェ川はポー平野の大動脈で、視線を上げると目前に迫った山が折り重なっています。古代ローマの軍事城塞から始まった町ですが中世初期には他の町同様、ゲルマン民族の侵入に苦しみました。フランク王国の辺境領として次第に人口は回復しましたが、10世紀半ば、神聖ローマ皇帝オットー1世が奪取してしまいました。この後、数百年にわたって政治的にドイツとイタリアの間で揺れ動きました。16世紀、枢機卿ベルナルド・ディ・クレジオがブオンコンシリオ城とサンタ・マリア・マッジョーレ教会を建設して町のメインストリートを形成、ルネサンス様式の外観が作られました。1545-63の公会議はこのベルナルドが企画しました。時代が下がって19世紀初め一時的にナポレオンの支配にはいった後、まもなくフランスに代わってオーストリアが支配するところとなりました。この南チロルはトリエステと並んで「未回収のイタリア」と呼ばれ、第一次大戦後の1918年まで続く係争地点となったのです


の対岸の高台をつなぐロープウェイからの眺望は冬景色だから一層素晴らしい 

ドゥオモ広場:ネプチューンの像  サンタ・マリア・マッジョーレ教会 公会議場 

プレトリオ宮殿:司教区博物館になっています  広場の東側

ダンテ広場:チェーザレ・ゾッキ作1896 ダンテの記念碑 イタリアたることの証拠・象徴として町が建てた 

司教区博物館:木彫りの祭壇 木像 14-15世紀のフランドルつづれ織り  典礼書 司教杖などが展示

ブオンコンシリオ城:司教伯の古い居城 低い塔のある防護壁  美しい中庭とフレスコ画装飾の回廊があります