旧約聖書』は長い年月をかけて成立したユダヤ教の聖典です。旧約とは神が人に対してなされた旧い契約のことです。この中にみられる考え方はキリスト教の土台となり、ヨーロッパの思想に大きな影響を与えました。「天地創造」「アダムとイブ」「楽園追放」「カインとアベル」「ノアの箱舟」「バベルの塔」「ロトとその娘たち」「アブラハムの信仰」「ヨセフの物語」「モーセの十戒」「サムソンとデリラ」が主な物語ですこれらの神話の中には永遠の真理と、人生への指針が含まれていると言われています。

アラビア半島で遊牧生活を送っていたヘブライ人は他民族の支配を受け、定住地を求めて流浪の旅をしなければいけなかった。ときにはオアシスの農民との交流はあったものの、長い年月、厳しい日々が続いた。このような苦難の中で彼らは神への信仰によって民族的自覚と結束をはかろうとした。ヘブライ(ユダヤ・イスラエル)人の歴史、信仰、戒律、伝説、文学の集大成が作者不詳の『旧約聖書』(口承文学、物語伝承)である。

紀元前250頃、形成された聖書物語は、ローマ帝国によってユダヤ人が故郷パレスチナを追われ離散の民となることを経て、地中海

を隔てたギリシア・ローマ世界に広がった。その後の長い歴史の中で聖書の物語は絵画・彫刻に描かれ、ヨーロッパの諸民族に受け入れられていった。ヨーロッパ・キリスト教文化が誕生した。



天地創造


原初の混沌~人間の創造

創世記 第1章 「初めに、神は天地を創造された。」・・暗闇の無限空間を「神の霊」(人の眼には見えない風のような動き、不思議な生命力)が動く、混沌や暗闇を区分し、秩序をつくりだす存在(創造者)を神とする

1日目 光(昼)と闇(夜)の区分 2日目 大空と水の区分 3日目陸と海の区分 5日目 生命ある動植物の創造 6日目 人間の創造 A 神は自分にかたどって人を男と女に創造された B 神は土の塵で人(アダム)を形作り、その鼻に息を吹き入れられた。  7日目 神は天地万物を完成し、「安息」された。



エデンの園 創世記2章 エデンはヘブライ語で「楽しみ」、シュメール語で「楽園」を意味する


神は天と地を創造したあと、土の塵で人(アダム)を創造し、その鼻に命の息を吹き入れエデンの園に住まわせる。「主なる神は、東の方のエデンに園を設け、自ら形造った人をそこに置かれた。・・食べるに良いものをもたらすあらゆる木を地に生えいでさせ、園の中央には命の木と善悪の知識の木を生えいでさせた。」エデンは世界中のすべての川の源流であり楽園だった。神はアダムに破ってはならない戒律を与えた。「すべての木から自由にとって食べるがよい、ただし善悪の知識の木からは決して食べてはならない。」それから神はアダムを深く眠らせ、そのあばれ骨のひとつをとって、ひとりの女をつくった。アダムは女を自分の妻とした。ふたりは裸であったが少しも恥ずかしいとは思はなかった。


楽園追放 創世記3章

女が善悪の木に近寄りその実をみたとき、耳元で蛇がささやいた、「それを食べると目が開け、神のように善悪を知るものとなる」と・・女は実を食べアダムも食べた。ふたりの目は開け、裸のふたりは羞恥を覚えていちじくの葉で腰を覆った。夕暮れ神は言った「お前が裸でいることを誰が告げたのか、どうして食べるなと命じておいた木の実を食べたのか。」アダムが答えた。「女が木からとってくれたのです。」女が言った。「蛇が、わたしをだましたのです」神は蛇に「お前はこのことのために、すべての獣のうちもっとも呪われ、生涯這いずり回る。」女に「お前の産みの苦しみを大いに増す。」アダムに「大地は呪われてしまった。お前は生涯、苦しんで地から食べ物をとる。額に汗してパンを食べ、ついに土にかえる。」と言った。アダムは女をエヴァ(命)と名づけた。このようにして、神はふたりをエデンの園から追放、二度と戻れないようにエデンの園の東にケルビム(神の護衛兵)と剣の炎を置いた。


カインとアベル  エデンの東の物語 創世記4章

楽園を追放されたアダムとエヴァにふたりの男の子が生まれる。兄カイン(農耕者)と弟アベル(羊飼い)は神への供え物の競争で収穫物を捧げたカインが子羊を捧げたアベルに敗北した。屈辱による怒りからカインはアベルを野に誘って殺害、人類最初の殺人者となった。神はカインに言う、「何ということをしたのか。お前は呪われるものとなった。お前が流した弟の血を飲み込んだ土はもはやお前のために作物を産み出すことはない。お前は地上をさまよい、さすらう者となる。」こうしてカインは神の前を去り、エデンの東の地に住んだ。

 

大洪水とノアの箱舟 創世記6-9章

アダムから数えて十代目、ノアのときに、神は大洪水をおこしアダムの末裔をすべて地上から一掃した。神は、人の悪がはびこり、人の心が偽りで満たされていることを後悔したのだ。ノアだけが神に従う無垢な人だったため神は彼を選んだ。ノアは主の言葉どおり長さ150m、幅25m、高さは三階15m、という巨大な舟をつくった。箱舟に乗ったのはノアと妻、三人の子(セム、ハム、ヤペテ)とその妻たち、すべての獣、家畜、鳥のひとつがい。雨は40日40夜、大地に降りそそぎ、洪水は山の高い嶺にまで達し、地上のすべての命をぬぐい去った。箱舟は150日漂い続け、アララト山の上にとまった。大雨が止んで40日たってからノアは鳩を放ってみた。最初は飛び回るだけだった鳩が数日後ようやくオリーブの若葉をくわえてもどってきた。大地から水がひいたことを知ったノアは箱舟を出た。そこに祭壇をきずき、供え物をすると神はノアとその子らを祝福して言った。「生めよ、ふえよ、地に満ちよ地のすべての獣、鳥、魚、・・すべてあなたがたの手にゆだねられる。あなたがたの食糧にするがよい。」神による祝福・契約のしるしとしてノアは虹をみるのだった。

      ※ ギリシア神話『デウカリオン』 メソポタミア『ギルガメシュ神話』 に                同様の物語がある。この影響を受けていた、と考えられる。

   ※ アララト山は標高5165m、トルコとイランの国境にそびえる。



箱舟から出たノアの息子はセム(ヘブライ語・アラビア語などセム系言語を話すセム語族の始祖)、ハム(エジプト・リビアなどアフリカ北部に住むハム語族の始祖)、ヤペテ(インド・ヨーロッパ語族の始祖)の3人だった。全世界の人々は彼らから出て広がった。ノアがあるとき、ブドウ酒を飲み、天幕の中で裸になって酔いつぶれていたところをハムは見てしまった。裸は絶対に見てはならぬもの。酔いからさめたノアはハムが自分の裸を見たことを知り、ハムの息子カナンに呪いの言葉「奴隷となって兄たちに仕えよ」をなげつけた。こうしてカナンは理由のない差別を受けていく。カナンはパレスティナ地域に居住する始祖となる。セム系民族を頂点とする民族差別の構図が布石されていた。


バベルの塔 創世記11章

大洪水のあと東方から移動してきた人々は、レンガとアスファルトを使って、天まで届く巨大な塔の建設にとりかかった。彼らは、人びとが各地に散らされ、人と人とのつながりが断ち切られることを食い止めようとしたのだ。しかし、塔の完成が近づくと神が「彼らは一つにの民で一つの言語を話しているからこのようなことをし始めた。これでは彼らが何を企てても妨げることはできない。彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられないようにする。」とつぶやき、人びとをバラバラに全地に散らせた。

  • ユーフラテス河畔のバビロンがその舞台だと考えられている。 シュメル人が始めた塔(ジッグラト)の建設はバビロニア王ネブカドネザル2世に時代に完成。イスラエル人からみれば異教のシンボルであり、弾劾されるべきものだった。
  • 有名なブリューゲルが描いたバベルの塔は、コロセウムが造形上のヒントとなった、と言われる。

アブラム(アブラハム)・・旅のはじまり 創世記12章

箱舟を出たノアの長子セムの流れをくむアブラム、その子イサク、イサクの子ヤコブ、彼ら一族は定住地を求める旅を続ける。アブラムは住み慣れたウルの町をあとに旅に出た。妻サライ(サラ)、弟の子ロト、大勢の羊飼いたちがその一行である。彼らは一千キロをこす行程を歩いて、ユーフラテス川の上流、「肥沃な三日月地帯」といわれる地域のハランに辿りついた。

「わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたの名を高める」という神の声を聞いたアブラムは、その約束の土地を求めて旅を続ける。飢饉と日照りを避けて、はるばる

訪れたエジプトでは滞在の許可とひきかえに妻のサライを王に仕える女として差し出せねばならなかった。



ロト一族の運命~ソドムとゴモラ~創世記13・19章

旅の途中、家畜の水場や草場をめぐって、アブラムとロトの羊飼いたちの間で争いが起こり、アブラムはロトとの訣別を決めた。ロトは迷うことなくヨルダン川流域の緑豊かな大地を選んだ。アブラムは赤い土と起伏の激しい山地を選択した。ロト一族が移り住んだ町はソドムだった。繁栄はしているが住民は乱暴でロトに対しても暴行を加えた。神は、この町は滅亡するので、町から一族を連れて逃げるよう、ロトに警告する。神は硫黄の火を降らせ、ソドムとゴモラの町を滅ぼした。ロトの妻は逃げる途中、禁を破ってうしろを振り向き、神の怒りにふれて、塩の柱となった。辛うじて逃げおおせたロトと二人の娘は山中の無人の洞窟に住むが、恐ろしい運命が訪れた。姉は妹に言った「わたしたちのところへ来てくれる男はいない。父にブドウ酒を飲ませ、床をともにして子種を受けよう。」酔いつぶれた父は娘が来たことさえも知らなかったが、やがて姉はモアブびと、妹はアンモンびとの先祖となる男の子をそれぞれ産んだ。近親相姦の恐ろしい罪により、モアブびともアンモンびとも

神により選ばれた民であるイスラエルの系譜から排斥、除外されていく。

女奴隷ハガルとイシュマエル 創世記16・21・25章

アブラムとサライには、子供がなかった。苦しんだサライはカナンに住んで十年後、アブラムの血が途絶えてしまうことを思い、自分のエジプト人女奴隷ハガルをアブラムの側女とした。ハガルは身ごもり、男の子イシュマエルを産んだ。イシュマエルが13歳になったとき、アブラムは神との契約のしるしとしてイシュマエルに割礼をおこない、自らをアブラハム、妻をサラと改名した。しかし、ある日3人の旅人がサラに子供が生まれることを予言すると、1年後サラは男子を産みイサクと名づけた。イシュマエルとイサクの異母兄弟、そしてハガルとサラ・・アブラハムの苦しみは続く・・「あなたの子孫はイサクによって伝えられる。」主の声を聞いたアブラハムはハガルに子供とともに立ち去るように申し渡した。ハガルは荒野をさまよい声をあげて泣いた。その声が天に届くと主のお使いが「ハガルよ、恐れることはない、その子をしっかり抱いてあげなさい。その子を必ず大いなる国民とする。」 イシュマエルは成長してメッカに居住し、アラブの始祖となった。ユダヤ教とイスラーム教は兄弟関係にあることになる。